Wednesday, April 24, 2013

再開することが難しい。

一昨日のことだが、久しぶりに早起きした。
ハーフマラソン後、しばらく足を痛めてしまっていて運動する気が起こらなかったが、
そろそろ回復してきていたので、また練習を続けねば、と思っていた今日この頃であった。
しかしこの朝は結局走らずに別のことに時間をつかってしまった。
まだ私の行動習慣は怠け者のそれと変わらない。少々自分自身に落胆する出来事であった。
2週間も休んでしまうと、再開させるのも一苦労だ。
学校の仕事で忙しくて、英語の学習やピアノ、そしてブログを休んでしまったが、
どれもこれも再開するのが億劫になってしまった。
これではいかん、と思いつつも中々再開できなかった。

走りたくないけど、全て再開するのだ!

Tuesday, April 23, 2013

完走

2週間前にハーフマラソンに初出場した。
ハーフマラソンは13.1マイル(21km)
練習の段階では結局30分以上走ることは無かった。
距離にしたら3マイルもないだろう。
練習を開始する前は3分走ればヒィヒィ状態だったので、これでも進歩したほうだと自分自身を納得させていた始末だ。

こんな練習量だったから、当日自分がどのくらいまで走れるのか全く解らなかった。
一週間後にとても大事な仕事があったから、無理せずに30分走ったらあとは走りと歩き(または休憩)をはさみつつゴールに行こうと思っていた。

そして当日。
どのくらい耐えられるのか不明だったが、とりあえずできるだけ体力温存しながら走るよう努めながら走り出す。最初からどんどん追い越されていくが、全く気にならず自分のペースを崩さぬようのんびり走った。走り始めてから最初の給水所についたときには左腕に痛みを覚えていた。あまり左腕が振れなかったが、これは走りのせいというよりは前日の寝相が悪かったのではないかと思った。

走り始めてからはあまり調子良いとは思えなかったが、2つ目の給水所に到着したときには、思ったより走れている自分に驚いていた。まだ余力を感じた。まぁ、手前のランナーが少し走っては歩きを繰り返していたのにそれを抜けないくらいのスピードで走っていたんだが。

2つ目の給水所の後に坂らしい坂が登場した。私は下り坂では出来る限り足に負担をかけたくなかったので、ペースを落とした。逆に上り坂では意外にペースを維持して走りとおすことができた。私のいた集団のランナーは殆ど上り坂では歩いていた。この段階で私はまだ2,3マイルしか走っていないと思っていた。まだ走れる状態だったし、給水所は一マイルおきくらいにあると思い込んでいたからだ。しかし、2つ目の給水所の後で"5"という数字を見たとき”まさかあれは5マイル地点”の表示なのか?と驚いていた。自分が5マイルも走れるとは思っていなかったので、レースとは関係ない別の表示だったのではないかと疑いながら、しかし”5マイル”だったらいいなぁと思いながら走り続けた。

暫くして”6”をみて、付近の応援客が”もう半分きてるよ”って声をかけてくれたときに、ようやく自分がハーフマラソンの半分も走ったのだと理解した。この段階で足が疲れてきていたが、半分もきたのなら、完走できるかもしれないという思いがここで初めて生じた。当初の走りと歩きを交互に繰り返しながらという考えを封印して、できるところまで走ろうと覚悟した。

8マイル地点で苦しくなってきた。足が痛くて、ストップしようかと思うようになった。ペースが序盤よりさらに遅くなったがそれでもゴールの公園が近くにあることは何となく感じていたので、踏ん張ることにした。今回のコースはスタートの公園をぐるっと一周してから市街地へ出て最後にはスタートの公園に戻ってくるものだったので、スタート地点に近づくにつれ、”あと少しだ、ここで止まってしまったら後悔するぞ”という思いがどんどん強くなっていた。

ようやく公園に戻って来たとき、既にフィニッシュしていた同僚(このレースに私を誘ってくれた人物)が声援を投げかけてくれた。公園でゴールと思っていた私は彼の”あと2マイルくらい”という言葉にショックを受けた。そろそろゴールかなぁと思っていたら、あと2マイルもあるとは!!

この最後の2マイルはしんどかった。何度も止まりそうになった。何度も走る格好だけで足踏みしている状態になった。しかしここで止まってしまったらもう二度とマラソンに参加することはないだろうと私は思っていた。私はそういう人間なのだ。それは嫌だった。残り少しのところで心残りするようなことは避けたかった。絶対にそんな後悔はしたくなかった。その思いだけで走り続けようとした。
13マイルのうち、10マイル、11マイル、12マイル、そして12.5マイル走っておいてそこで歩きだしてたまるか!結局、フィニッシュラインまで何とか走り続けることができた。

2時間30分と数十秒走った自分に驚きである。
練習ではその5分の1しか走っていないのだから!
これならフルマラソンもいけるだろう。多分。

今回学習したこと:
1.自分は意外に運動できること。
2.無謀と思えることでも、いざ取り組んでみると出来ちゃったりすることがあることを体験した。
3.自分ひとりで走るときは途中で直ぐに止めちゃうのに、レースの場では他のランナー、応援する人達、同僚の激励、参加費自腹、など様々なものが自分を限界まで引っ張って行ってくれる。環境の違いだろうか。自分が生きる環境さえ上手く選べば自分をもっと成長させることができるだろう。
4.沢山走った後は、めちゃくちゃ咽喉が渇くし、腹も減る。この日は一日中お腹を空かしていたような気がする。まぁ、逆に日常少食で済んでいる私は精一杯生きていないのだろうなぁ、と反省した。




Tuesday, February 26, 2013

x>”5” かつ x<”0”を満たすものは?

数学では2は特別扱いを受ける。

n乗根の記号は√の左に小さくnを書くのが一般的だが、n=2のときは書かない。

2次式は高校数学で大分詳しく扱うが、3次以降はあまり詳しくは扱わない。
2次式は解の公式を習うけど、3,4次の公式は見ることすらないだろう。

nが3以上なら、n角形というものがあるけど、2角形は存在しない。(1角形もないけど)

2x2=2+2 (こんな数は他には0だけ。正の数に限定すれば2のみ)

2=2! (こんな数は他は1だけだろう)

V-E+F=2 (凸多面体ならば)

素数の中で2だけが偶数である。

2月だけ30日までない。

トランプゲーム、大富豪では2はAより強い。
また、ポーカーの変則ルールで2がジョーカー扱いになることもある。
戦争では2は最弱だが、最強のAに打ち勝てる。
ナポレオンではセイム2という特殊なルールがあり、やはり2は特別扱いだ。


私の職場では二連休という言葉を耳にすることはない。
普段は土日が休みだからだ。
連休という言葉は3日以上のときにしか聞かない。
でも実はほぼ毎週末、連休なのだ。週末に仕事が入ることもあるが、休みの事のほうが多い。
二連休という言葉が存在しないとはなんと恵まれた職場なのだろうか!

さて、題名の答えだが、勿論答えは2だ。
ジャンケンの勝負手で見せる指の本数だ。
X>Yで、勝負手Xが勝負手Yに克つことを表し、引き分けをX=Yとすると、
”5”>”0”、”0”>”2”、”2”>”5”


Monday, February 25, 2013

カンニングと罰

宿題の採点をしていて、よく似た答案をみつけてしまった。
比較してみると、明らかな書き写しであった。
書き写しをする生徒も、書き写させる生徒も残念だが、もっとも残念なのはそういうカンニングをできると生徒に思わせてしまっている私自身のほうである。
私が受け持つ今年度のこのクラスに対して、私はカンニングをする生徒はいないであろうという思い込みがあった。隙を衝かれた気分だ。
どんなに評判の良い生徒達でも油断してはいけないことを思い知らされた。
カンニングをさせない環境を作り上げる努力を怠ったせいでこういう不幸が訪れる。
しかしだからといって今回のカンニングを黙認はできない。
黙認は、私の倫理が許さない。許せば、私自身が崩壊するだろう。
今回の事件の遠因は私の指導力不足によるもの。しかし、罰されるのは私ではなく生徒だとあたりに責任転嫁のようで葛藤する。これは、どうしたものだろうか。私自身も罰するしかないな。
どれほどの罰が妥当なのだろう?






Tuesday, February 19, 2013

どうやって学習意欲を掻き立てる?

教え子の学習意欲も喚起できないとは・・・
教壇前に立っていくら数学の講義をしようとも、学習意欲を掻き立てられなかったら、
私の授業は茶番なのだ。
うわべだけ繕った授業、それこそ私が学生時代に忌み嫌っていた学校だ。
私はときどき、黒板に数式を書き並べながらそのことを意識しては自嘲してしまう。

学習意欲を促すには私が数学の問題を解けて、解説できるだけでは足りない。それはわかる。
だから、最近は数学以外の分野の知識などを取り入れるよう意識するようになった。
しかし、まだ足りない。人生経験が決定的に足りないか。
読書だけに頼らず、もっと積極的に行動して自分だけの経験をたくさんするのが解決策かなぁ。
時間かかるなぁ。

もっと小手先の技術でも習得する方がよいか?気乗りはしないけど、これも多少は必要か。

Sunday, February 17, 2013

ハーフマラソン

今年の初めに、弟が今年はハーフマラソンに出場すると言った。
おぉーすげぇな!まぁ頑張ってくれ、と自分には関係ない話・・・はずだった。

弟の挑戦心に比べて、私のそれは情けなさ過ぎるわけだが、
そのことを周りの人にいうのだから、情けないどころではない。
まぁ、運動に関しては私は徹底的に駄目な人間であるように見せたがっているからな。
数学で無能と思われたら仕事に支障をきたすが、運動面で無能と思われていても何の支障もないからね。

しかし、周りに弟のハーフマラソンの話をしたせいか、同僚の一人から一緒にハーフマラソン出よう?と誘われてしまった。完走する自信など皆無だが、練習して出場することには意義はあるだろうと思う。非常に辛そうだが、トライしたくない。でもトライするべきだろう。
マラソンに対する意識を植え付けやがった弟と声をかけてくれた同僚には感謝せねばなるまい。
自分ひとりでは絶対に始動しなかっただろうからね。

でも4月まで2ヶ月も無いぞ。大丈夫かなぁ。





Sunday, February 10, 2013

”英語教師のNGワード” by 阿部 一

阿部 一著の”英語教師のNGワード”を読んだ。

なかなか手厳しい箴言が多くて、気軽に読もうとした自分を愧じた。
タイトルは”英語教師の~”だが、”数学教師の~”にしても十分通じる。

全部で24のNGワードが解説されてあるのだが、唸らされたものを幾つか取り上げると、

”これは覚えておきなさい”

”何回か練習してみなさい”

"何か質問はないか?”


このところ文化祭準備のことで頭が占領されており、授業準備が疎かになっていたことを思い知らされた。また今まで自分でよく考えもせずに”NGワード”を発言していたことも反省すべき点として頭に留めておかなくてはいけない。
私はしっかり生徒の学習成果が上がるような工夫をしているか??
否!最近、黒板と問題集に頼りすぎで、自分の発する言葉の影響力(また影響のなさ)に頭が回っていなかった。
自分の授業スタイルを見直すことにしよう。

Friday, February 8, 2013

思い込みから抜け出すんだ!

このところ私の睡眠時間が短縮されている。

とはいっても、常人よりは寝ているかな、毎日7時間程度だ。

私は平日8~10時間くらい寝るのが普通だから、大分削っている。

夜に7時間しか眠らない日もあるが、そういう時は昼寝で補うか、次の晩に沢山寝ることが多い。

しかし、このところはそれもない。

私は常人より沢山寝ないといけない、というのは単なる思い込みかもしれない。

正直日々疲れは感じるが、もう少し続けて、7時間睡眠が当たり前と感じられるようになりたい。

今の私なら出来るはずだ!と別の思い込みをかけておこうっと。

Wednesday, February 6, 2013

金<評価<生き様???

夏休みの間塾の夏期講習の仕事をしようかどうか迷っている。
そしてその迷いの原因は時給の多寡である。
もし時給が魅力的なら仕事をとるが、そうでなければ自分の自由時間を選ぶだろう。
金銭に敏感になってきた自分自身を褒め称えるべきか、
それとも金銭に意地汚くなってきた自分自身を見つめなおすべきか。
金銭で動く人間にはなりたくなかったのではなかったか!?

まぁ時給自体は上がった場合でもあまり差はでないだろうが、
自分の仕事がそれなりに評価されたら、じゃ塾の為に頑張ろうか!という気になるだろう。
私は時給より評価の方を意識していると思う。

私を雇う側からすれば、さぞ扱いやすいことだろう。
何しろ、適当に褒めておけば、やる気出して働いてくれるんだからなぁ。


でも、自分の中にこの仕事を完遂したいという気持ちもあるから、私は働けているのだと思う。
金や評価に踊らされてたまるものか!
私の価値観に反するものなら、金も評価もきっぱり捨ててみせる!



Monday, February 4, 2013

手土産をもってゆく

先週の話。
パーティーに参加しました。
手料理を持ってくる人、ワインや酒を持参してくる人、デザートを用意してくる人、など
手ぶらで来る人はいない・・・・私を除いて。

パーティーの幹事に何も持ってこなくていいよ、と言われて本当に何も持っていかない私は頭がどこか普通じゃないのかもしれない。

しかしただより高くつくものはないとはよくいったものだ。
パーティーで何も支払わずに飲み食いしたわけだが、パーティー終了後の後片付けをやる羽目になるのです。やっぱり何も持っていかないと負い目を感じるもので、後片付けくらいはやらないとなぁ、って気持ちになります。今回はその後片付けに費やした時間は1時間くらいだったと思うが、ワインの一本でも持参していった方が賢いと思った。そうしていれば、後片付けまでパーティーに残る必要がない分、自分の自由時間を確保しやすい。(私はパーティーはあまり好きではなく、長時間いるとストレスを感じる。)またパーティー中に心の負担なくもっと気軽にみんなが用意してくれた食べ物を楽しむことができるだろう。当然後片付けの仕事もせずに済むだろう。
時は金なり、手土産一つで手に入れられるものは結構多いことを痛感した一日となった。

Saturday, February 2, 2013

偽りの言葉をはっしてはおるまいか?

説得するとき、言葉だけでは無力である。

如何に古人の名言を吐こうとも、口先だけで説得される例はあまりないと思う。

私の身なり、表情、経歴、行動、そういったもの全てから私の発する言葉が評価されている。

書いておいてなんだが、私は身なりを改善する気はさらさらない。

表情を繕うことは可能か?ある程度は私でもできると思うが、一時しのぎ的な技術に過ぎまい。

過去の経歴は今更変えようがない。これからの経歴をできるだけ魅力的なものにするしかない。

私の説得力を高めるには、まず自分の行動で示すことだ。

ルールを守らせるには、自分がルールを守ることだ。

勉強の大切さを説くには、自分が常に勉強することだ。

行動を促すには、自分から行動をおこすことだ。

そうして初めて、私の言葉に力が宿りだす。本物の言葉になるのだ。

今の私はどれほど本物の言葉を発しており、どれだけ偽りの言葉を発しているのか?

これは嘘発見機では発見できまい。偽りの言葉も自分では本物だと勘違いしているからなぁ。



ところで最近の私は饒舌すぎるきらいがある。

自分では真剣に話しているつもりでも、気づくと中身のない会話に終始していることが多い。

先日、弟に私と一度対談してみたいといわれた。

どうやら私は真剣に話しておらず腹のうちを全くみせていないと思われてしまっているようだ。

そうかもしれない。話しているつもりだけな気がするな。これも勘違いってやつだな。


真剣に自分の発する言葉を分析してみるのも悪くないな。(これも偽り!!?)






Monday, January 28, 2013

人前で演奏して助言を受ける

2週間ほど前かな、私にしては珍しく人前でピアノで演奏した。
以前に比べればマシになったとは思うが、私は自分の弱点を人には見せまいという意識が常人より高いと感じている。だから人前で稚拙な演奏など披露したくない。
でもやった。少しは自分の腕に自信をつけてきたことが一因か。
そして、”ペダルワークをもっと丁寧にやるべき”というような助言を貰った。
うーむ、一人で練習していたら何ヶ月やっても気づかないことかもしれない。
やはり初心者はどこを意識して勉強するのかよくわからないから、適度に人からアドバイスを貰うようにしたほうがいいのかもしれない。アドバイスは貴重だ。その一言で暫くは練習意欲が出るし練習効率が良くなる感じがする。このところ練習しても進歩を感じられず悩んでいたが、これで暫くは悩まずに済みそうだ。大分前には弟に”肩が力んでいる”と注意されたことを思い出した。私が先生以外の前で演奏して助言を貰ったことはそれくらいしか記憶にない。人前で演奏するには勇気が要るから、殆ど人前でやらない。結構損しているなぁ。

こんなわけだから、数学の成績がイマイチなのに私の補習や助言を拒む人の気持ちはよく理解できる。私の前で数字のメロディを奏でるのに大きな抵抗がある人は私と同じなのだ、きっと。
まずは私がこの問題を乗り越えないと、彼らに偉そうなことは言えない。
手本を示せるように意識を改善したい。


ちなみに自分にとって大事ではない事ならいくらでも自分からいくらでも卑下できます。
例えば、歴史の勉強苦手です、バスケシュート全く入りません、とか事務的な仕事苦手ですとか、酒飲めませんとか。その辺で小馬鹿にされても私自身と関係ないから傷つくことはないのです。
逆に自分がそれなりに時間と労力を注ぎ込んだものは私の血肉の一部ですから痛いのです。

Saturday, January 26, 2013

さらば、インテグラ

出会いは2004年の独立記念日。
その日はたしか、幾つかの車を試乗する為に近所の中古車ディーラーを見て回った。
ひと目見て気に入ったのは、白の2ドアのカローラだったと思う。
しかし、運転してみてあまりパッとしなかったので他にもないか探すことになった。
幾つか試乗した結果、青のハッチバックのインテグラが最も運転していて心地良かった。
しかし私はハッチバックの形もあまり好かなかったし、ボディの色も好きではなかった。
白のカローラのことがまだ気になっていたが、父に即決を迫られ、結局インテグラに決めた。


インテグラは私にとっては2台目の車だが、初のMT車である。
買った時点で15年落ち、走行距離14万マイルの車だった。
それから私は8年半ほどこの車を運転した。
まだ走行距離は19万マイルの直前だからあまり運転していない。
4年前にカリフォルニアからニューヨークまで大陸横断した後は故障続きで、特にバッテリー関連の問題に何度も悩まされた。
私が今の職場で働き終えるときまで頑張ってもらいたかったが、これ以上修理費を出したくないなぁと思うようになった。まぁ、今の職場に予想以上に長く残っているからな。
しばらくNYに残る予定なので、別の車に乗り換えることにした。
まだ購入していないけど、予算は$5000~8000である。
インテグラは$2300くらいだったから、我ながら随分予算を高くしたものと感心する。
しかし、私はまたそれがダメになるまで乗り換えることはないだろうと予想する。
私が買い換えるという労を惜しむのも大きな理由だが、私は変えることに心理的に大きな抵抗があると思うからだ。保守的すぎて私はあまり色々なことを愉しむことなく一生を終えることになりそうだ。でも私はそういう頑固さをもつ自分が好きなのだからしようがない。
さて、この想定外の出費を埋め合わせるには、この夏は働くしかあるまい。




Thursday, January 10, 2013

恐るべき弟

段々弟を怖れるようになってきた。
彼は私が彼くらいの歳だったときとは比べ物にならないくらい視野が広い。
自分の将来についてよく考え、かつ目標に向かって邁進している感がある。

私が引け目を感じる点をリストアップしてみる。

1.人間観察力と対人スキル。
私が学生時代にかなり限定されたコミュニティでしか活動していなかったのに対し、彼はもっと幅広く他者と交流していたのは間違いない。私は何の部活動もせず、パーティの類には一切参加しない。さらに、友人と一緒に食事に出かけることも稀であった。また、私は弟をあまり観察してこ無かったのに対し、彼は中々よく私を観察しているようである。この経験の差はかなり大きい。
また彼は人から学ぼうとする意欲が旺盛である。逆に私は人に教えを乞うことが苦手である。
大分その苦手意識は払拭されたが、弟の積極性にはまだ敵わない。

2.自己への投資
私はケチである。倹約家とは違う。些細な出費に対してすら心に強い抵抗があるのだ。
お金を貯めるのが好きというわけでもない。積極的に稼ごうともしない。
私のもっとも嫌う人は稼ぐ力はあるが、人間性には大いに問題があると私は感じている。
彼に対する感情が私のお金に対する価値観を歪めているのだと思う。まぁ、病の一種だろう。
一方、弟は積極的に自分のスキルや人脈の為に躊躇い無く投資することができている。
日々の学習量は彼のほうが私の数段上なのではあるまいか?
そう思うと、私も努力しなければいけないと考える。また自分への投資を恐れずに敢行できるよう心の持ちようを改善せねばなるまい、と。
まぁ、これもここ2,3年出費に大しての抵抗が大分和らいできたので、いずれ弟に対する引け目も無くなってゆくはずである。少なくともこの点においては。

3.行動の早さ
私が近年常に意識していることだが、彼も意識しているようである。彼は生まれつき行動が早い性質ではないと思う。しかし意識して思い立ったら即行動するよう心がけているようである。彼のほうが私より大分前から意識しているし、実際彼の行動は私より大分早い。身軽なのだ。

と、まぁこれくらいか、パッとおもいつくのは。
私の観察眼に磨きがかかれば今の私には認識できぬ彼の特長も見えてこよう。
身近にこのように私に刺激を与えてくれる人物がいるというのは幸せなことだ。
私が己を磨き続ける限りは幸せなはずだ。逆に私が立ち止まったら、彼は手の届かぬ世界の住人となってしまうだろう。それはなんとしても避けたいおぞましい未来像だ。
今年も頑張るしかない!

Tuesday, January 8, 2013

父の本心を覗きたい

重松 清氏の”流星ワゴン”を読んでみた。
これは昨冬に知人がくれた小説なのだが一年間読まなかった。
先月、飛行機に乗るときに持って行って読むことにした。
小説は一度しか読まんので旅先で処分できる。荷物が増えないので丁度よいと思った。

読んでいて、私と年齢差が殆ど無い主人公とその父親を私と私の父に重ねた。主人公は父親を憎んでいて、家を飛び出している。主人公がお金に困らぬ生活をしていたら、危篤状態の父親のもとへは行かないはずである。(主人公は父から貰う足代と交通費の差額が目当てで通っていた。)
私の場合はどうだろうか?時々、私の父の臨終の際のことを考える。私はその時、父のもとへ駆けつけるのだろうか?行くべきだと考えるけど、本心は行きたくない。でも少しは行きたいとも思う。複雑な心境なのだ。”流星ワゴン”では夢(?)の中で主人公は30年ほど若返った父親と出会い一緒に主人公の過去の世界(主人公とその嫁と息子の世界であり、本当の父親は過去の世界では登場しない)を旅している。その中で二人はお互いの誤解(?)を解いてゆくのだが、そこが凄く羨ましかった。私の父も私の前では一切本音を出さない、ただ冷たいだけの人間にしか見えない。私は彼の本心を知りたいとずっと思っている。だから何度かは父に会いにいったこともある。でも、彼は決して自分を見せてはくれないだろう。もしかしたら臨終の時には示してくれるかもしれない。その前には和解はせずとも、彼の家族に対する心境を覗いてみたい。
結局今回の帰郷でも父を訪れなかったのは、少々悔いが残る。また、”流星ワゴン”は捨てずに持ち帰ってしまった。大事に取っておこう。