具体的な形はわからないけど、私は漠然と理想的な社会のイメージを持っている気がする。
でも、現実世界とそれは乖離しているわけで、それに直面するたびにちょっとした絶望感を持つ。
優秀な人なら、ここで絶望ではなく、よりよい方向に変えていこうと努めることだろう。
私も小さな範囲では努めるようにしているつもりだ。
でも地球規模の問題に立ち向かうほどの度胸も知恵も持っていない。
今から持つことは可能なのか?
自分の理想とする社会を明確にイメージできれば、頑張れる気がしなくもない。
自分から発信する何かを持たなければなるまい。
でなければ、このブログもゴミにしかならないし、私の人生も塵芥にしかならない。
理想の社会についてよく考えてみよう。
そしてそれの実現方法も・・・。
あぁ、でも日々の仕事で忙殺されているとそんな事忘れちゃうんだよなぁ。
哀しきサラリーマン人生だ。
Monday, June 17, 2013
Sunday, June 16, 2013
加速し続けて・・・・
岩波ジュニアからでている”地球を壊さない生き方”という本を読了。
こんな本を読むと私はやっぱり人間は醜いとしか感じることができない。
どうやって世界をより良くしてゆくべきかについて考えることができない自分が情けない。
とても短絡的な答え、人類滅亡してもOkじゃない?って思ってしまう私はとてもこの厳しい世界で生き残ってゆけない気がする。
資本主義は必ず廃れると思う。いつになるかは解らないけど、ひとりひとりが己の利のみ追求する限り根本的な構造は変わらない。人間はとても刹那的にしか生きていない。先進国では、非常に高確率で高齢まで生存できるのにもかかわらず、遠く先のことまでは見通すことをしない。いや、できない。
今の時代の変化の早さでは、どんなに先見の明のある人でも将来を正確に見通すことは無理かもしれない。一昔前の変化の少ない時代ではそんなことはなかったろう。しかし変化は人間にとっては宿命。
どんどん増大している変化率・・・行き着く果ては?
http://www.amazon.co.jp/%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%82%92%E3%81%93%E3%82%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E3%81%84%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%96%B9%E3%81%AE%E6%9C%AC-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%A7%8C%E7%94%B0-%E5%8A%AD/dp/4005001793/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1371335440&sr=8-1&keywords=%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%82%92%E3%81%93%E3%82%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E3%81%84%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%96%B9%E3%81%AE%E6%9C%AC
こんな本を読むと私はやっぱり人間は醜いとしか感じることができない。
どうやって世界をより良くしてゆくべきかについて考えることができない自分が情けない。
とても短絡的な答え、人類滅亡してもOkじゃない?って思ってしまう私はとてもこの厳しい世界で生き残ってゆけない気がする。
資本主義は必ず廃れると思う。いつになるかは解らないけど、ひとりひとりが己の利のみ追求する限り根本的な構造は変わらない。人間はとても刹那的にしか生きていない。先進国では、非常に高確率で高齢まで生存できるのにもかかわらず、遠く先のことまでは見通すことをしない。いや、できない。
今の時代の変化の早さでは、どんなに先見の明のある人でも将来を正確に見通すことは無理かもしれない。一昔前の変化の少ない時代ではそんなことはなかったろう。しかし変化は人間にとっては宿命。
どんどん増大している変化率・・・行き着く果ては?
http://www.amazon.co.jp/%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%82%92%E3%81%93%E3%82%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E3%81%84%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%96%B9%E3%81%AE%E6%9C%AC-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%A7%8C%E7%94%B0-%E5%8A%AD/dp/4005001793/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1371335440&sr=8-1&keywords=%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%82%92%E3%81%93%E3%82%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E3%81%84%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%96%B9%E3%81%AE%E6%9C%AC
Saturday, June 15, 2013
よくわかっていないのにお金を出す馬鹿。
去年から403Bという年金制度に入っていて、毎月100ドル程度手取りから引かれているのだが、
実際その仕組みがよくわかっていない。
とりあえず払っているだけで、よくよく考えてみると阿呆である。
ちょっと仕組みについて調べる必要があると思った。
まず、家にある英語の長いパンフレットを読んでみることにした。
それでもよくわからなかったら電話かなぁ、といったところ。
税金も自分がいくら支払っているのか、それがどう使われているのか、
調べたことも考えたこともない。
一体私は一年間にどのくらいの税を納めているのかなぁ。
収入はたいしたことないから、税も大して納めてないだろうけど。
クレジットカード会社には、保険か何かで毎月わけもわからず13ドル程度引かれているし。
実は意味もなく払わされている気もする。
もっとお金について考えないといけないなぁ、と経済誌を読みながら感じた今日一日であった。
とりあえず今日初めて知ったことは、年金支給が20XX年の某月からスタートするということだけ。
でも、いくらになるのか見当もつかない。
実際その仕組みがよくわかっていない。
とりあえず払っているだけで、よくよく考えてみると阿呆である。
ちょっと仕組みについて調べる必要があると思った。
まず、家にある英語の長いパンフレットを読んでみることにした。
それでもよくわからなかったら電話かなぁ、といったところ。
税金も自分がいくら支払っているのか、それがどう使われているのか、
調べたことも考えたこともない。
一体私は一年間にどのくらいの税を納めているのかなぁ。
収入はたいしたことないから、税も大して納めてないだろうけど。
クレジットカード会社には、保険か何かで毎月わけもわからず13ドル程度引かれているし。
実は意味もなく払わされている気もする。
もっとお金について考えないといけないなぁ、と経済誌を読みながら感じた今日一日であった。
とりあえず今日初めて知ったことは、年金支給が20XX年の某月からスタートするということだけ。
でも、いくらになるのか見当もつかない。
Wednesday, April 24, 2013
再開することが難しい。
一昨日のことだが、久しぶりに早起きした。
ハーフマラソン後、しばらく足を痛めてしまっていて運動する気が起こらなかったが、
そろそろ回復してきていたので、また練習を続けねば、と思っていた今日この頃であった。
しかしこの朝は結局走らずに別のことに時間をつかってしまった。
まだ私の行動習慣は怠け者のそれと変わらない。少々自分自身に落胆する出来事であった。
2週間も休んでしまうと、再開させるのも一苦労だ。
学校の仕事で忙しくて、英語の学習やピアノ、そしてブログを休んでしまったが、
どれもこれも再開するのが億劫になってしまった。
これではいかん、と思いつつも中々再開できなかった。
走りたくないけど、全て再開するのだ!
ハーフマラソン後、しばらく足を痛めてしまっていて運動する気が起こらなかったが、
そろそろ回復してきていたので、また練習を続けねば、と思っていた今日この頃であった。
しかしこの朝は結局走らずに別のことに時間をつかってしまった。
まだ私の行動習慣は怠け者のそれと変わらない。少々自分自身に落胆する出来事であった。
2週間も休んでしまうと、再開させるのも一苦労だ。
学校の仕事で忙しくて、英語の学習やピアノ、そしてブログを休んでしまったが、
どれもこれも再開するのが億劫になってしまった。
これではいかん、と思いつつも中々再開できなかった。
走りたくないけど、全て再開するのだ!
Tuesday, April 23, 2013
完走
2週間前にハーフマラソンに初出場した。
ハーフマラソンは13.1マイル(21km)
練習の段階では結局30分以上走ることは無かった。
距離にしたら3マイルもないだろう。
練習を開始する前は3分走ればヒィヒィ状態だったので、これでも進歩したほうだと自分自身を納得させていた始末だ。
こんな練習量だったから、当日自分がどのくらいまで走れるのか全く解らなかった。
一週間後にとても大事な仕事があったから、無理せずに30分走ったらあとは走りと歩き(または休憩)をはさみつつゴールに行こうと思っていた。
そして当日。
どのくらい耐えられるのか不明だったが、とりあえずできるだけ体力温存しながら走るよう努めながら走り出す。最初からどんどん追い越されていくが、全く気にならず自分のペースを崩さぬようのんびり走った。走り始めてから最初の給水所についたときには左腕に痛みを覚えていた。あまり左腕が振れなかったが、これは走りのせいというよりは前日の寝相が悪かったのではないかと思った。
走り始めてからはあまり調子良いとは思えなかったが、2つ目の給水所に到着したときには、思ったより走れている自分に驚いていた。まだ余力を感じた。まぁ、手前のランナーが少し走っては歩きを繰り返していたのにそれを抜けないくらいのスピードで走っていたんだが。
2つ目の給水所の後に坂らしい坂が登場した。私は下り坂では出来る限り足に負担をかけたくなかったので、ペースを落とした。逆に上り坂では意外にペースを維持して走りとおすことができた。私のいた集団のランナーは殆ど上り坂では歩いていた。この段階で私はまだ2,3マイルしか走っていないと思っていた。まだ走れる状態だったし、給水所は一マイルおきくらいにあると思い込んでいたからだ。しかし、2つ目の給水所の後で"5"という数字を見たとき”まさかあれは5マイル地点”の表示なのか?と驚いていた。自分が5マイルも走れるとは思っていなかったので、レースとは関係ない別の表示だったのではないかと疑いながら、しかし”5マイル”だったらいいなぁと思いながら走り続けた。
暫くして”6”をみて、付近の応援客が”もう半分きてるよ”って声をかけてくれたときに、ようやく自分がハーフマラソンの半分も走ったのだと理解した。この段階で足が疲れてきていたが、半分もきたのなら、完走できるかもしれないという思いがここで初めて生じた。当初の走りと歩きを交互に繰り返しながらという考えを封印して、できるところまで走ろうと覚悟した。
8マイル地点で苦しくなってきた。足が痛くて、ストップしようかと思うようになった。ペースが序盤よりさらに遅くなったがそれでもゴールの公園が近くにあることは何となく感じていたので、踏ん張ることにした。今回のコースはスタートの公園をぐるっと一周してから市街地へ出て最後にはスタートの公園に戻ってくるものだったので、スタート地点に近づくにつれ、”あと少しだ、ここで止まってしまったら後悔するぞ”という思いがどんどん強くなっていた。
ようやく公園に戻って来たとき、既にフィニッシュしていた同僚(このレースに私を誘ってくれた人物)が声援を投げかけてくれた。公園でゴールと思っていた私は彼の”あと2マイルくらい”という言葉にショックを受けた。そろそろゴールかなぁと思っていたら、あと2マイルもあるとは!!
この最後の2マイルはしんどかった。何度も止まりそうになった。何度も走る格好だけで足踏みしている状態になった。しかしここで止まってしまったらもう二度とマラソンに参加することはないだろうと私は思っていた。私はそういう人間なのだ。それは嫌だった。残り少しのところで心残りするようなことは避けたかった。絶対にそんな後悔はしたくなかった。その思いだけで走り続けようとした。
13マイルのうち、10マイル、11マイル、12マイル、そして12.5マイル走っておいてそこで歩きだしてたまるか!結局、フィニッシュラインまで何とか走り続けることができた。
2時間30分と数十秒走った自分に驚きである。
練習ではその5分の1しか走っていないのだから!
これならフルマラソンもいけるだろう。多分。
今回学習したこと:
1.自分は意外に運動できること。
2.無謀と思えることでも、いざ取り組んでみると出来ちゃったりすることがあることを体験した。
3.自分ひとりで走るときは途中で直ぐに止めちゃうのに、レースの場では他のランナー、応援する人達、同僚の激励、参加費自腹、など様々なものが自分を限界まで引っ張って行ってくれる。環境の違いだろうか。自分が生きる環境さえ上手く選べば自分をもっと成長させることができるだろう。
4.沢山走った後は、めちゃくちゃ咽喉が渇くし、腹も減る。この日は一日中お腹を空かしていたような気がする。まぁ、逆に日常少食で済んでいる私は精一杯生きていないのだろうなぁ、と反省した。
ハーフマラソンは13.1マイル(21km)
練習の段階では結局30分以上走ることは無かった。
距離にしたら3マイルもないだろう。
練習を開始する前は3分走ればヒィヒィ状態だったので、これでも進歩したほうだと自分自身を納得させていた始末だ。
こんな練習量だったから、当日自分がどのくらいまで走れるのか全く解らなかった。
一週間後にとても大事な仕事があったから、無理せずに30分走ったらあとは走りと歩き(または休憩)をはさみつつゴールに行こうと思っていた。
そして当日。
どのくらい耐えられるのか不明だったが、とりあえずできるだけ体力温存しながら走るよう努めながら走り出す。最初からどんどん追い越されていくが、全く気にならず自分のペースを崩さぬようのんびり走った。走り始めてから最初の給水所についたときには左腕に痛みを覚えていた。あまり左腕が振れなかったが、これは走りのせいというよりは前日の寝相が悪かったのではないかと思った。
走り始めてからはあまり調子良いとは思えなかったが、2つ目の給水所に到着したときには、思ったより走れている自分に驚いていた。まだ余力を感じた。まぁ、手前のランナーが少し走っては歩きを繰り返していたのにそれを抜けないくらいのスピードで走っていたんだが。
2つ目の給水所の後に坂らしい坂が登場した。私は下り坂では出来る限り足に負担をかけたくなかったので、ペースを落とした。逆に上り坂では意外にペースを維持して走りとおすことができた。私のいた集団のランナーは殆ど上り坂では歩いていた。この段階で私はまだ2,3マイルしか走っていないと思っていた。まだ走れる状態だったし、給水所は一マイルおきくらいにあると思い込んでいたからだ。しかし、2つ目の給水所の後で"5"という数字を見たとき”まさかあれは5マイル地点”の表示なのか?と驚いていた。自分が5マイルも走れるとは思っていなかったので、レースとは関係ない別の表示だったのではないかと疑いながら、しかし”5マイル”だったらいいなぁと思いながら走り続けた。
暫くして”6”をみて、付近の応援客が”もう半分きてるよ”って声をかけてくれたときに、ようやく自分がハーフマラソンの半分も走ったのだと理解した。この段階で足が疲れてきていたが、半分もきたのなら、完走できるかもしれないという思いがここで初めて生じた。当初の走りと歩きを交互に繰り返しながらという考えを封印して、できるところまで走ろうと覚悟した。
8マイル地点で苦しくなってきた。足が痛くて、ストップしようかと思うようになった。ペースが序盤よりさらに遅くなったがそれでもゴールの公園が近くにあることは何となく感じていたので、踏ん張ることにした。今回のコースはスタートの公園をぐるっと一周してから市街地へ出て最後にはスタートの公園に戻ってくるものだったので、スタート地点に近づくにつれ、”あと少しだ、ここで止まってしまったら後悔するぞ”という思いがどんどん強くなっていた。
ようやく公園に戻って来たとき、既にフィニッシュしていた同僚(このレースに私を誘ってくれた人物)が声援を投げかけてくれた。公園でゴールと思っていた私は彼の”あと2マイルくらい”という言葉にショックを受けた。そろそろゴールかなぁと思っていたら、あと2マイルもあるとは!!
この最後の2マイルはしんどかった。何度も止まりそうになった。何度も走る格好だけで足踏みしている状態になった。しかしここで止まってしまったらもう二度とマラソンに参加することはないだろうと私は思っていた。私はそういう人間なのだ。それは嫌だった。残り少しのところで心残りするようなことは避けたかった。絶対にそんな後悔はしたくなかった。その思いだけで走り続けようとした。
13マイルのうち、10マイル、11マイル、12マイル、そして12.5マイル走っておいてそこで歩きだしてたまるか!結局、フィニッシュラインまで何とか走り続けることができた。
2時間30分と数十秒走った自分に驚きである。
練習ではその5分の1しか走っていないのだから!
これならフルマラソンもいけるだろう。多分。
今回学習したこと:
1.自分は意外に運動できること。
2.無謀と思えることでも、いざ取り組んでみると出来ちゃったりすることがあることを体験した。
3.自分ひとりで走るときは途中で直ぐに止めちゃうのに、レースの場では他のランナー、応援する人達、同僚の激励、参加費自腹、など様々なものが自分を限界まで引っ張って行ってくれる。環境の違いだろうか。自分が生きる環境さえ上手く選べば自分をもっと成長させることができるだろう。
4.沢山走った後は、めちゃくちゃ咽喉が渇くし、腹も減る。この日は一日中お腹を空かしていたような気がする。まぁ、逆に日常少食で済んでいる私は精一杯生きていないのだろうなぁ、と反省した。
Tuesday, February 26, 2013
x>”5” かつ x<”0”を満たすものは?
数学では2は特別扱いを受ける。
n乗根の記号は√の左に小さくnを書くのが一般的だが、n=2のときは書かない。
2次式は高校数学で大分詳しく扱うが、3次以降はあまり詳しくは扱わない。
2次式は解の公式を習うけど、3,4次の公式は見ることすらないだろう。
nが3以上なら、n角形というものがあるけど、2角形は存在しない。(1角形もないけど)
2x2=2+2 (こんな数は他には0だけ。正の数に限定すれば2のみ)
2=2! (こんな数は他は1だけだろう)
V-E+F=2 (凸多面体ならば)
素数の中で2だけが偶数である。
2月だけ30日までない。
トランプゲーム、大富豪では2はAより強い。
また、ポーカーの変則ルールで2がジョーカー扱いになることもある。
戦争では2は最弱だが、最強のAに打ち勝てる。
ナポレオンではセイム2という特殊なルールがあり、やはり2は特別扱いだ。
私の職場では二連休という言葉を耳にすることはない。
普段は土日が休みだからだ。
連休という言葉は3日以上のときにしか聞かない。
でも実はほぼ毎週末、連休なのだ。週末に仕事が入ることもあるが、休みの事のほうが多い。
二連休という言葉が存在しないとはなんと恵まれた職場なのだろうか!
さて、題名の答えだが、勿論答えは2だ。
ジャンケンの勝負手で見せる指の本数だ。
X>Yで、勝負手Xが勝負手Yに克つことを表し、引き分けをX=Yとすると、
”5”>”0”、”0”>”2”、”2”>”5”
n乗根の記号は√の左に小さくnを書くのが一般的だが、n=2のときは書かない。
2次式は高校数学で大分詳しく扱うが、3次以降はあまり詳しくは扱わない。
2次式は解の公式を習うけど、3,4次の公式は見ることすらないだろう。
nが3以上なら、n角形というものがあるけど、2角形は存在しない。(1角形もないけど)
2x2=2+2 (こんな数は他には0だけ。正の数に限定すれば2のみ)
2=2! (こんな数は他は1だけだろう)
V-E+F=2 (凸多面体ならば)
素数の中で2だけが偶数である。
2月だけ30日までない。
トランプゲーム、大富豪では2はAより強い。
また、ポーカーの変則ルールで2がジョーカー扱いになることもある。
戦争では2は最弱だが、最強のAに打ち勝てる。
ナポレオンではセイム2という特殊なルールがあり、やはり2は特別扱いだ。
私の職場では二連休という言葉を耳にすることはない。
普段は土日が休みだからだ。
連休という言葉は3日以上のときにしか聞かない。
でも実はほぼ毎週末、連休なのだ。週末に仕事が入ることもあるが、休みの事のほうが多い。
二連休という言葉が存在しないとはなんと恵まれた職場なのだろうか!
さて、題名の答えだが、勿論答えは2だ。
ジャンケンの勝負手で見せる指の本数だ。
X>Yで、勝負手Xが勝負手Yに克つことを表し、引き分けをX=Yとすると、
”5”>”0”、”0”>”2”、”2”>”5”
Monday, February 25, 2013
カンニングと罰
宿題の採点をしていて、よく似た答案をみつけてしまった。
比較してみると、明らかな書き写しであった。
書き写しをする生徒も、書き写させる生徒も残念だが、もっとも残念なのはそういうカンニングをできると生徒に思わせてしまっている私自身のほうである。
私が受け持つ今年度のこのクラスに対して、私はカンニングをする生徒はいないであろうという思い込みがあった。隙を衝かれた気分だ。
どんなに評判の良い生徒達でも油断してはいけないことを思い知らされた。
カンニングをさせない環境を作り上げる努力を怠ったせいでこういう不幸が訪れる。
しかしだからといって今回のカンニングを黙認はできない。
黙認は、私の倫理が許さない。許せば、私自身が崩壊するだろう。
今回の事件の遠因は私の指導力不足によるもの。しかし、罰されるのは私ではなく生徒だとあたりに責任転嫁のようで葛藤する。これは、どうしたものだろうか。私自身も罰するしかないな。
どれほどの罰が妥当なのだろう?
比較してみると、明らかな書き写しであった。
書き写しをする生徒も、書き写させる生徒も残念だが、もっとも残念なのはそういうカンニングをできると生徒に思わせてしまっている私自身のほうである。
私が受け持つ今年度のこのクラスに対して、私はカンニングをする生徒はいないであろうという思い込みがあった。隙を衝かれた気分だ。
どんなに評判の良い生徒達でも油断してはいけないことを思い知らされた。
カンニングをさせない環境を作り上げる努力を怠ったせいでこういう不幸が訪れる。
しかしだからといって今回のカンニングを黙認はできない。
黙認は、私の倫理が許さない。許せば、私自身が崩壊するだろう。
今回の事件の遠因は私の指導力不足によるもの。しかし、罰されるのは私ではなく生徒だとあたりに責任転嫁のようで葛藤する。これは、どうしたものだろうか。私自身も罰するしかないな。
どれほどの罰が妥当なのだろう?
Tuesday, February 19, 2013
どうやって学習意欲を掻き立てる?
教え子の学習意欲も喚起できないとは・・・
教壇前に立っていくら数学の講義をしようとも、学習意欲を掻き立てられなかったら、
私の授業は茶番なのだ。
うわべだけ繕った授業、それこそ私が学生時代に忌み嫌っていた学校だ。
私はときどき、黒板に数式を書き並べながらそのことを意識しては自嘲してしまう。
学習意欲を促すには私が数学の問題を解けて、解説できるだけでは足りない。それはわかる。
だから、最近は数学以外の分野の知識などを取り入れるよう意識するようになった。
しかし、まだ足りない。人生経験が決定的に足りないか。
読書だけに頼らず、もっと積極的に行動して自分だけの経験をたくさんするのが解決策かなぁ。
時間かかるなぁ。
もっと小手先の技術でも習得する方がよいか?気乗りはしないけど、これも多少は必要か。
教壇前に立っていくら数学の講義をしようとも、学習意欲を掻き立てられなかったら、
私の授業は茶番なのだ。
うわべだけ繕った授業、それこそ私が学生時代に忌み嫌っていた学校だ。
私はときどき、黒板に数式を書き並べながらそのことを意識しては自嘲してしまう。
学習意欲を促すには私が数学の問題を解けて、解説できるだけでは足りない。それはわかる。
だから、最近は数学以外の分野の知識などを取り入れるよう意識するようになった。
しかし、まだ足りない。人生経験が決定的に足りないか。
読書だけに頼らず、もっと積極的に行動して自分だけの経験をたくさんするのが解決策かなぁ。
時間かかるなぁ。
もっと小手先の技術でも習得する方がよいか?気乗りはしないけど、これも多少は必要か。
Sunday, February 17, 2013
ハーフマラソン
今年の初めに、弟が今年はハーフマラソンに出場すると言った。
おぉーすげぇな!まぁ頑張ってくれ、と自分には関係ない話・・・はずだった。
弟の挑戦心に比べて、私のそれは情けなさ過ぎるわけだが、
そのことを周りの人にいうのだから、情けないどころではない。
まぁ、運動に関しては私は徹底的に駄目な人間であるように見せたがっているからな。
数学で無能と思われたら仕事に支障をきたすが、運動面で無能と思われていても何の支障もないからね。
しかし、周りに弟のハーフマラソンの話をしたせいか、同僚の一人から一緒にハーフマラソン出よう?と誘われてしまった。完走する自信など皆無だが、練習して出場することには意義はあるだろうと思う。非常に辛そうだが、トライしたくない。でもトライするべきだろう。
マラソンに対する意識を植え付けやがった弟と声をかけてくれた同僚には感謝せねばなるまい。
自分ひとりでは絶対に始動しなかっただろうからね。
でも4月まで2ヶ月も無いぞ。大丈夫かなぁ。
おぉーすげぇな!まぁ頑張ってくれ、と自分には関係ない話・・・はずだった。
弟の挑戦心に比べて、私のそれは情けなさ過ぎるわけだが、
そのことを周りの人にいうのだから、情けないどころではない。
まぁ、運動に関しては私は徹底的に駄目な人間であるように見せたがっているからな。
数学で無能と思われたら仕事に支障をきたすが、運動面で無能と思われていても何の支障もないからね。
しかし、周りに弟のハーフマラソンの話をしたせいか、同僚の一人から一緒にハーフマラソン出よう?と誘われてしまった。完走する自信など皆無だが、練習して出場することには意義はあるだろうと思う。非常に辛そうだが、トライしたくない。でもトライするべきだろう。
マラソンに対する意識を植え付けやがった弟と声をかけてくれた同僚には感謝せねばなるまい。
自分ひとりでは絶対に始動しなかっただろうからね。
でも4月まで2ヶ月も無いぞ。大丈夫かなぁ。
Sunday, February 10, 2013
”英語教師のNGワード” by 阿部 一
阿部 一著の”英語教師のNGワード”を読んだ。
なかなか手厳しい箴言が多くて、気軽に読もうとした自分を愧じた。
タイトルは”英語教師の~”だが、”数学教師の~”にしても十分通じる。
全部で24のNGワードが解説されてあるのだが、唸らされたものを幾つか取り上げると、
”これは覚えておきなさい”
”何回か練習してみなさい”
"何か質問はないか?”
このところ文化祭準備のことで頭が占領されており、授業準備が疎かになっていたことを思い知らされた。また今まで自分でよく考えもせずに”NGワード”を発言していたことも反省すべき点として頭に留めておかなくてはいけない。
私はしっかり生徒の学習成果が上がるような工夫をしているか??
否!最近、黒板と問題集に頼りすぎで、自分の発する言葉の影響力(また影響のなさ)に頭が回っていなかった。
自分の授業スタイルを見直すことにしよう。
なかなか手厳しい箴言が多くて、気軽に読もうとした自分を愧じた。
タイトルは”英語教師の~”だが、”数学教師の~”にしても十分通じる。
全部で24のNGワードが解説されてあるのだが、唸らされたものを幾つか取り上げると、
”これは覚えておきなさい”
”何回か練習してみなさい”
"何か質問はないか?”
このところ文化祭準備のことで頭が占領されており、授業準備が疎かになっていたことを思い知らされた。また今まで自分でよく考えもせずに”NGワード”を発言していたことも反省すべき点として頭に留めておかなくてはいけない。
私はしっかり生徒の学習成果が上がるような工夫をしているか??
否!最近、黒板と問題集に頼りすぎで、自分の発する言葉の影響力(また影響のなさ)に頭が回っていなかった。
自分の授業スタイルを見直すことにしよう。
Friday, February 8, 2013
思い込みから抜け出すんだ!
このところ私の睡眠時間が短縮されている。
とはいっても、常人よりは寝ているかな、毎日7時間程度だ。
私は平日8~10時間くらい寝るのが普通だから、大分削っている。
夜に7時間しか眠らない日もあるが、そういう時は昼寝で補うか、次の晩に沢山寝ることが多い。
しかし、このところはそれもない。
私は常人より沢山寝ないといけない、というのは単なる思い込みかもしれない。
正直日々疲れは感じるが、もう少し続けて、7時間睡眠が当たり前と感じられるようになりたい。
今の私なら出来るはずだ!と別の思い込みをかけておこうっと。
とはいっても、常人よりは寝ているかな、毎日7時間程度だ。
私は平日8~10時間くらい寝るのが普通だから、大分削っている。
夜に7時間しか眠らない日もあるが、そういう時は昼寝で補うか、次の晩に沢山寝ることが多い。
しかし、このところはそれもない。
私は常人より沢山寝ないといけない、というのは単なる思い込みかもしれない。
正直日々疲れは感じるが、もう少し続けて、7時間睡眠が当たり前と感じられるようになりたい。
今の私なら出来るはずだ!と別の思い込みをかけておこうっと。
Wednesday, February 6, 2013
金<評価<生き様???
夏休みの間塾の夏期講習の仕事をしようかどうか迷っている。
そしてその迷いの原因は時給の多寡である。
もし時給が魅力的なら仕事をとるが、そうでなければ自分の自由時間を選ぶだろう。
金銭に敏感になってきた自分自身を褒め称えるべきか、
それとも金銭に意地汚くなってきた自分自身を見つめなおすべきか。
金銭で動く人間にはなりたくなかったのではなかったか!?
まぁ時給自体は上がった場合でもあまり差はでないだろうが、
自分の仕事がそれなりに評価されたら、じゃ塾の為に頑張ろうか!という気になるだろう。
私は時給より評価の方を意識していると思う。
私を雇う側からすれば、さぞ扱いやすいことだろう。
何しろ、適当に褒めておけば、やる気出して働いてくれるんだからなぁ。
でも、自分の中にこの仕事を完遂したいという気持ちもあるから、私は働けているのだと思う。
金や評価に踊らされてたまるものか!
私の価値観に反するものなら、金も評価もきっぱり捨ててみせる!
そしてその迷いの原因は時給の多寡である。
もし時給が魅力的なら仕事をとるが、そうでなければ自分の自由時間を選ぶだろう。
金銭に敏感になってきた自分自身を褒め称えるべきか、
それとも金銭に意地汚くなってきた自分自身を見つめなおすべきか。
金銭で動く人間にはなりたくなかったのではなかったか!?
まぁ時給自体は上がった場合でもあまり差はでないだろうが、
自分の仕事がそれなりに評価されたら、じゃ塾の為に頑張ろうか!という気になるだろう。
私は時給より評価の方を意識していると思う。
私を雇う側からすれば、さぞ扱いやすいことだろう。
何しろ、適当に褒めておけば、やる気出して働いてくれるんだからなぁ。
でも、自分の中にこの仕事を完遂したいという気持ちもあるから、私は働けているのだと思う。
金や評価に踊らされてたまるものか!
私の価値観に反するものなら、金も評価もきっぱり捨ててみせる!
Monday, February 4, 2013
手土産をもってゆく
先週の話。
パーティーに参加しました。
手料理を持ってくる人、ワインや酒を持参してくる人、デザートを用意してくる人、など
手ぶらで来る人はいない・・・・私を除いて。
パーティーの幹事に何も持ってこなくていいよ、と言われて本当に何も持っていかない私は頭がどこか普通じゃないのかもしれない。
しかしただより高くつくものはないとはよくいったものだ。
パーティーで何も支払わずに飲み食いしたわけだが、パーティー終了後の後片付けをやる羽目になるのです。やっぱり何も持っていかないと負い目を感じるもので、後片付けくらいはやらないとなぁ、って気持ちになります。今回はその後片付けに費やした時間は1時間くらいだったと思うが、ワインの一本でも持参していった方が賢いと思った。そうしていれば、後片付けまでパーティーに残る必要がない分、自分の自由時間を確保しやすい。(私はパーティーはあまり好きではなく、長時間いるとストレスを感じる。)またパーティー中に心の負担なくもっと気軽にみんなが用意してくれた食べ物を楽しむことができるだろう。当然後片付けの仕事もせずに済むだろう。
時は金なり、手土産一つで手に入れられるものは結構多いことを痛感した一日となった。
パーティーに参加しました。
手料理を持ってくる人、ワインや酒を持参してくる人、デザートを用意してくる人、など
手ぶらで来る人はいない・・・・私を除いて。
パーティーの幹事に何も持ってこなくていいよ、と言われて本当に何も持っていかない私は頭がどこか普通じゃないのかもしれない。
しかしただより高くつくものはないとはよくいったものだ。
パーティーで何も支払わずに飲み食いしたわけだが、パーティー終了後の後片付けをやる羽目になるのです。やっぱり何も持っていかないと負い目を感じるもので、後片付けくらいはやらないとなぁ、って気持ちになります。今回はその後片付けに費やした時間は1時間くらいだったと思うが、ワインの一本でも持参していった方が賢いと思った。そうしていれば、後片付けまでパーティーに残る必要がない分、自分の自由時間を確保しやすい。(私はパーティーはあまり好きではなく、長時間いるとストレスを感じる。)またパーティー中に心の負担なくもっと気軽にみんなが用意してくれた食べ物を楽しむことができるだろう。当然後片付けの仕事もせずに済むだろう。
時は金なり、手土産一つで手に入れられるものは結構多いことを痛感した一日となった。
Saturday, February 2, 2013
偽りの言葉をはっしてはおるまいか?
説得するとき、言葉だけでは無力である。
如何に古人の名言を吐こうとも、口先だけで説得される例はあまりないと思う。
私の身なり、表情、経歴、行動、そういったもの全てから私の発する言葉が評価されている。
書いておいてなんだが、私は身なりを改善する気はさらさらない。
表情を繕うことは可能か?ある程度は私でもできると思うが、一時しのぎ的な技術に過ぎまい。
過去の経歴は今更変えようがない。これからの経歴をできるだけ魅力的なものにするしかない。
私の説得力を高めるには、まず自分の行動で示すことだ。
ルールを守らせるには、自分がルールを守ることだ。
勉強の大切さを説くには、自分が常に勉強することだ。
行動を促すには、自分から行動をおこすことだ。
そうして初めて、私の言葉に力が宿りだす。本物の言葉になるのだ。
今の私はどれほど本物の言葉を発しており、どれだけ偽りの言葉を発しているのか?
これは嘘発見機では発見できまい。偽りの言葉も自分では本物だと勘違いしているからなぁ。
ところで最近の私は饒舌すぎるきらいがある。
自分では真剣に話しているつもりでも、気づくと中身のない会話に終始していることが多い。
先日、弟に私と一度対談してみたいといわれた。
どうやら私は真剣に話しておらず腹のうちを全くみせていないと思われてしまっているようだ。
そうかもしれない。話しているつもりだけな気がするな。これも勘違いってやつだな。
真剣に自分の発する言葉を分析してみるのも悪くないな。(これも偽り!!?)
如何に古人の名言を吐こうとも、口先だけで説得される例はあまりないと思う。
私の身なり、表情、経歴、行動、そういったもの全てから私の発する言葉が評価されている。
書いておいてなんだが、私は身なりを改善する気はさらさらない。
表情を繕うことは可能か?ある程度は私でもできると思うが、一時しのぎ的な技術に過ぎまい。
過去の経歴は今更変えようがない。これからの経歴をできるだけ魅力的なものにするしかない。
私の説得力を高めるには、まず自分の行動で示すことだ。
ルールを守らせるには、自分がルールを守ることだ。
勉強の大切さを説くには、自分が常に勉強することだ。
行動を促すには、自分から行動をおこすことだ。
そうして初めて、私の言葉に力が宿りだす。本物の言葉になるのだ。
今の私はどれほど本物の言葉を発しており、どれだけ偽りの言葉を発しているのか?
これは嘘発見機では発見できまい。偽りの言葉も自分では本物だと勘違いしているからなぁ。
ところで最近の私は饒舌すぎるきらいがある。
自分では真剣に話しているつもりでも、気づくと中身のない会話に終始していることが多い。
先日、弟に私と一度対談してみたいといわれた。
どうやら私は真剣に話しておらず腹のうちを全くみせていないと思われてしまっているようだ。
そうかもしれない。話しているつもりだけな気がするな。これも勘違いってやつだな。
真剣に自分の発する言葉を分析してみるのも悪くないな。(これも偽り!!?)
Monday, January 28, 2013
人前で演奏して助言を受ける
2週間ほど前かな、私にしては珍しく人前でピアノで演奏した。
以前に比べればマシになったとは思うが、私は自分の弱点を人には見せまいという意識が常人より高いと感じている。だから人前で稚拙な演奏など披露したくない。
でもやった。少しは自分の腕に自信をつけてきたことが一因か。
そして、”ペダルワークをもっと丁寧にやるべき”というような助言を貰った。
うーむ、一人で練習していたら何ヶ月やっても気づかないことかもしれない。
やはり初心者はどこを意識して勉強するのかよくわからないから、適度に人からアドバイスを貰うようにしたほうがいいのかもしれない。アドバイスは貴重だ。その一言で暫くは練習意欲が出るし練習効率が良くなる感じがする。このところ練習しても進歩を感じられず悩んでいたが、これで暫くは悩まずに済みそうだ。大分前には弟に”肩が力んでいる”と注意されたことを思い出した。私が先生以外の前で演奏して助言を貰ったことはそれくらいしか記憶にない。人前で演奏するには勇気が要るから、殆ど人前でやらない。結構損しているなぁ。
こんなわけだから、数学の成績がイマイチなのに私の補習や助言を拒む人の気持ちはよく理解できる。私の前で数字のメロディを奏でるのに大きな抵抗がある人は私と同じなのだ、きっと。
まずは私がこの問題を乗り越えないと、彼らに偉そうなことは言えない。
手本を示せるように意識を改善したい。
ちなみに自分にとって大事ではない事ならいくらでも自分からいくらでも卑下できます。
例えば、歴史の勉強苦手です、バスケシュート全く入りません、とか事務的な仕事苦手ですとか、酒飲めませんとか。その辺で小馬鹿にされても私自身と関係ないから傷つくことはないのです。
逆に自分がそれなりに時間と労力を注ぎ込んだものは私の血肉の一部ですから痛いのです。
以前に比べればマシになったとは思うが、私は自分の弱点を人には見せまいという意識が常人より高いと感じている。だから人前で稚拙な演奏など披露したくない。
でもやった。少しは自分の腕に自信をつけてきたことが一因か。
そして、”ペダルワークをもっと丁寧にやるべき”というような助言を貰った。
うーむ、一人で練習していたら何ヶ月やっても気づかないことかもしれない。
やはり初心者はどこを意識して勉強するのかよくわからないから、適度に人からアドバイスを貰うようにしたほうがいいのかもしれない。アドバイスは貴重だ。その一言で暫くは練習意欲が出るし練習効率が良くなる感じがする。このところ練習しても進歩を感じられず悩んでいたが、これで暫くは悩まずに済みそうだ。大分前には弟に”肩が力んでいる”と注意されたことを思い出した。私が先生以外の前で演奏して助言を貰ったことはそれくらいしか記憶にない。人前で演奏するには勇気が要るから、殆ど人前でやらない。結構損しているなぁ。
こんなわけだから、数学の成績がイマイチなのに私の補習や助言を拒む人の気持ちはよく理解できる。私の前で数字のメロディを奏でるのに大きな抵抗がある人は私と同じなのだ、きっと。
まずは私がこの問題を乗り越えないと、彼らに偉そうなことは言えない。
手本を示せるように意識を改善したい。
ちなみに自分にとって大事ではない事ならいくらでも自分からいくらでも卑下できます。
例えば、歴史の勉強苦手です、バスケシュート全く入りません、とか事務的な仕事苦手ですとか、酒飲めませんとか。その辺で小馬鹿にされても私自身と関係ないから傷つくことはないのです。
逆に自分がそれなりに時間と労力を注ぎ込んだものは私の血肉の一部ですから痛いのです。
Subscribe to:
Posts (Atom)