夏休みの間塾の夏期講習の仕事をしようかどうか迷っている。
そしてその迷いの原因は時給の多寡である。
もし時給が魅力的なら仕事をとるが、そうでなければ自分の自由時間を選ぶだろう。
金銭に敏感になってきた自分自身を褒め称えるべきか、
それとも金銭に意地汚くなってきた自分自身を見つめなおすべきか。
金銭で動く人間にはなりたくなかったのではなかったか!?
まぁ時給自体は上がった場合でもあまり差はでないだろうが、
自分の仕事がそれなりに評価されたら、じゃ塾の為に頑張ろうか!という気になるだろう。
私は時給より評価の方を意識していると思う。
私を雇う側からすれば、さぞ扱いやすいことだろう。
何しろ、適当に褒めておけば、やる気出して働いてくれるんだからなぁ。
でも、自分の中にこの仕事を完遂したいという気持ちもあるから、私は働けているのだと思う。
金や評価に踊らされてたまるものか!
私の価値観に反するものなら、金も評価もきっぱり捨ててみせる!
迷えるとは羨ましい。時給の多寡にかかわらず、収入が欲しい人や働きたくても仕事がない人もいることを忘れないでね。それと、良い先生につきたくても、高い謝礼を出せない生徒や家族もいる。勉強したくても授業料が出せないとかね。今時そんな子供たちがいるのかどうか分からないけれど、貧乏でもやる気のある生徒だったらただでも教えてやりたいと思うかな??
ReplyDelete究極的には自分の時間を持てるのだから、自分が一番何をしたいのか、それが決めてだろうな。お金や人の評価に捉われず一心に打ち込めるものがあるのは素晴らしいね。